25時
ロベズ エドガー
先日、サッカーの日本代表が海外で試合を行い、その試合が深夜にテレビで生中継された。生中継が始まる前に、放送は何時からか確認しようとインターネットで調べて驚いた。あるサイトに「金曜25時放送」と書いてあったのだ。一日は(50)。
知人に聞いて、「金曜25時」というのは土曜の午前1時のことだと知った。「25時」のような表現は、店の営業時間の掲示などでも見るという。なぜ、午前1時を「25時」と表現するのだろうか。
(51)表現を使い始めたのはテレビ局だとする説が有力だ。日本の多くのテレビ局では、朝4時前後に一日の放送が始まり、そこからの24時間を一日と考える。つまり、テレビ局にとっては、夜の0時が一日の終わりではない。22時、23時ときたら、その次は0時ではなく24時で、午前1時は25時なのである。このようにして「25時」という表現が(52)。
現代の日本社会は夜型化が進み、午前0時を過ぎても活動している人が多い。だから、午前0時を過ぎても「今日」は続く。(53)、「起きてから寝るまでが今日」だと考えれば、翌日の午前1時ではなく、その日の25時と表現したほうが的確かもしれない。私も、土曜の午前1時に見た番組は金曜の夜に見たという感じがするので、金曜25時と考えたほうが実際の感覚に近い気もする。生活の夜型化と「寝るまでが今日」という考え方が、24時間しかない一日に「25時」を(54)。
以下は、ある大学のホームページに掲載されたお知らせである。
橋山大学>在学生へのお知らせ
2016.6.20
学生生活に関するアンケートについて
すでにお知らせしているとおり、現在、以下の専用ウェブページで学生生活に関するアンケートを実施しています。
学生生活アンケート http://www.hashiyama-u.ac.jp/20160601.html
6月24日を締め切り日として回答をお願いしていますが、現在のところあまり多くの回答が得られていません。そこで、一人でも多くの皆さんの回答を得るため、回答期間を6月30日まで延長します。未回答の皆さんはぜひ積極的に回答してください。
結果は、7月中旬に専用ウェブページ上で公開します。
ご協力よろしくお願いします。
学生課
真のプロ(注1)と呼ばれる人たちは、他者評価ではなく、自己評価の中に生きています。彼らは、周りの人がいくら認めても自分で認められなければ自信を持ちません。逆に他人が認めなくても、自分が正しいと思えることに自信を持っています。
他者評価に一喜一憂(注2)している状態では、本当の意味で自信を獲得したとは言えないでしょう。
(青木仁志『一生折れない自信のつくり方』による)
(注1)真の:本物の (注2)一喜一憂する:喜んだり心配したりする
以下は、あるインターネットショップに届いたメールである。
あて先:toiawase@pwq.co.jp
件 名:商品についての問い合わせ
日 時:2016年4月11日 9:30
PWQ文具 インターネットショップご担当者様
貴店で蛍光ペン3色セット(TR-3)を、100個購入したいと思っております。
商品ページには、東京への配送は店に商品があれば3日、取り寄せなら10日程度かかると書かれています。4月20日までに東京の本社に届けていただきたいのですが、今から注文しても間に合うでしょうか。追加送料がかかっても構いません。間に合わないようでしたら、他の商品に変更するか検討いたします。
ご返信いただきたくよろしくお願いいたします。
SKZ株式会社 総務部
市川友恵
tomoe_ichikawa@skz.co.jp
犬を家族犬として受け入れた場合、飼い主の一家の最も上位の人がスーパー上位になって他の家族が順位に従い、犬の順位が下になるように順位を明確にして安住(注)させます。この関係が安定しないと、犬は順位争いをしたり、家族に攻撃をしたりするようになって、家族と犬との関係がうまくいかなくなります。したがって、飼い主は常に犬より上位であることを犬に意識させて飼うことが必要で、犬も納得して互いに楽しく暮らせます。
(田名部雄一『人と犬のきずな―遺伝子からそのルーツを探る』による)
(注)安住する:ここでは、穏やかに過ごす
手紙というものは、不思議な伝達手段である。
書いている人間の気持ちは必ずといっていいほど文面に出る。心配もしていないのに、心配を押し売りする(注1)ような手紙を書いてはいけない。そのような気持ちは封(注2)を開いた瞬間に、真っ先に相手に届いてしまう。それが手紙の一番に恐ろしいところと言えよう。
愛している気持ちは届くかもしれないが、同時にその幼稚さや、愛の浅さや、性格の悪さまでもが相手に届いてしまう。
手紙というものは、人間の心を映す鏡のような存在でもある。 (辻仁成『代筆屋』による)
(注1)心配を押し売りする:ここでは、心配していると思わせる (注2)封:ここでは、封筒
以下は、絵本の選び方について述べた文章である。
たいへん有効な一つの方法は、絵本を見るとき、子どもと同じやり方、つまり、字は読まず、絵だけで物語を追っていくというやり方で、絵本を見ていくことです。わたしも、新しい本を手にしたときは、かならずこのやり方で見ることにしていますが、そうすると、いろんなことが、とてもよくわかってきます。
字にたよらず絵だけ見ることは、わたしたちの心を、必然的に(注1)、単純で具体的な考え方のレベルにとどめて(注2)くれますし、当然のことながら、絵の中に意味をさぐろうとする心の働きを強めてくれます。そうして見ていくと、絵それ自体が何かを語りかけてくれる場合と、文を読んでからでなければ何の意味ももたない。いわば装飾的な(注3)働きしかしていない場合とが、実にはっきりしてきます。絵が何かを語りかけてくれないものは、ほんとうの意味では絵本とはいえないので、こうして見ていくと、体裁(注4)は絵本でも、①絵本とは呼べないものが少なくないことがわかってきます。(中略)
また絵だけを丹念に(注5)見ていると、絵のもつ雰囲気も調子も、文と合わせ見るときより、よくわかる気がします。そして、それをつかんだあとで文を読むと、絵と文の関係がしっくりいっている(注6)かどうかが、はっきりわかります。登場人物の服装とか、背景(注7)とかの具体的な事実が、文と絵で違っていることがいけないのはもちろんですが、絵全体の調子やムードが、物語のそれと合わないのは、絵本としては、②大きな欠点です。
(松岡享子・東京子ども図書館『えほんのせかい こどものせかい』による)
(注1)必然的に:ここでは、必ず (注2)~にとどめる:~のままにする (注3)装飾的な:飾りのような
(注4)体裁:形式 (注5)丹念に:細かく注意しながら (注6)しっくりいく:よく合う
(注7)背景:ここでは、後ろの景色
長い間水の中にいると手足の指にたくさん「しわ」ができる。このしわを見たことがない人はいないだろう。私はこれまで、このしわは単に皮膚が水分を吸収し膨らんでできたもので、何の役割もないと思っていた。ところが、①そうではないという記事を読んだ。滑り止めの役割を果たしているというのだ。
この記事は、ある論文の実験結果をもとに書かれていた。②実験は次のように行われた。ひとつの容器に小さなガラス玉を入れ、それを指でつかんで別の容器に移し替えるのにかかる時間を計る。ガラス玉が入っている容器には、水入りのものと水なしのものが準備された。また、手はしわがある状態とない状態で、それぞれのかかる時間が計測された。しわは、ぬるま湯に手を浸すことで発生させた。結果は次のようなものである。
まず水の有無について見てみると、水入りの容器から移し替えるより、水なしの容器から移し替えるほうが速い。次に水入り、水なしの各条件において、しわの有無の違いによる結果を見てみると、水なしの場合、しわがあってもなくても大した差はない。しかし、水入りの場合、しわがあるほうが速い。以上の結果から、実験者は、しわは水中などぬれた環境で物をつかみやすくするためにできるようになった可能性があると述べているそうだ。
しかし、どうなのだろうか。滑り止めのためであれば、水に入れたらすぐにしわができないとおかしいのではないだろうか。しわの役割を知るためには、新たな実験を待たなければならない。
以下は、企業の経営について書かれた文章である。
いろんな規則や罰則(注1)を作って、社員をがんじがらめにして(注2)ひたすら働かせるというタイプの経営者も、まあ今時は少ないとは思うが、まだいることはいる。①そういうやり方が間違っていると思うのは、たとえそれで社員の労働力を物理的に100パーセント引き出すことができたとしても、そのかわり精神面での労働力を捨てることになるからだ。
精神面での労働力というのは、たとえば創意工夫する(注3)能力だ。強制的に(注4)仕事をさせるやり方では、人の創意工夫の能力を引き出すことはできないのだ。人間の心は、自由なときにその本来の能力を発揮する。楽しんで、興味を持って何かをしているとき、人はいろんなアイデアを思いつく。(中略)
そして、どんな仕事であろうとも、人間のする仕事には、この創意工夫の才能が重要な役割を果たす。一日中、ひたすらネジを締める仕事であっても、だ。どうすれば不良品を減らせるか、どうすれば作業効率(注5)を上げられるか。たとえばQC活動(Quality Control:品質管理のこと)を通して、作業する人が自分たちで②そういうことを積極的に考えるようになるシステムを創(つく)り上げたからこそ、日本の製造業は世界一になれたのだ。
そしてそういう能力を引き出すためには、従業員にとって、そこで働くことが本当の意味で自分のためになるという環境を作ることが欠かせない。
本人の幸せと会社の業績(注6)が一致すれば、愛社精神なんてものは自然に育つ。強制なんかしなくても、従業員はプライドを持って心から会社のために働こうと思う。
(高田神助『ご飯を大盛りにするオバチャンの店は必ず繁盛する―絶対に失敗しないビジネス経営哲学』による)
(注1)罰則:違反したときに従わなければならない規則 (注2)がんじがらめにする:ここでは、縛る
(注3)創意工夫する:新しいアイデアを考え出す (注4)強制的に:無理やり
(注5)作業効率:ここでは、作業を進める速度 (注6)業績:仕事の成果
A
皆さんはどのように服を選んでいますか。ファッション雑誌などを参考に、はやっているものを買うという方も多いのではないかと思います。でも、そうして選んだ服は本当に自分に似合っていますか。
自分の性格や年齢、体型、つまり自分自身の個性に合った服、それが「似合う服」です。世の中に自分と全く同じ人間はいないのですから、似合う服も人それぞれです。それなのに、ファッション雑誌のまねばかりをしていると、自分らしさと服との間にギャップが生まれてしまいます。自分自身をしっかり見つめること、そして自分に合った服を選ぶことが大切です。
B
スーツを着ると気持ちが引き締まったり(注)、明るい色の服を着ると心がうきうきしたりという経験をしたことはないだろうか。
私は、服は着る人の気持ちに影響を与えると考えている。大げさだと思われるかもしれないが、服によって人生さえも変わると思っている。服が気持ちに影響を与え、気持ちが行動に影響を与えるからだ。
しかし、周囲に聞いてみると、はやっているからという理由だけで服を選んでいる人も多いようだ。私は、これはとても残念なことだと思う。みんな、もっと積極的に服の力を利用したほうがいい。服を買うときには、まずどんな自分になりたいのかをイメージして、そのイメージに合った服を選ぶのだ。なりたい自分になることを、服が応援してくれるはずだ。
(注)引き締まる:しっかりする
幸福は人生の目標である。それだけに一体どういうものが「幸福」なのか知るのは、それを追求する前提として深刻な課題であると思う。あるとき、若い人が、私に向かって「幸福というのはあるのか」と深刻そうな顔をして聞いたことがある。
彼は人間の欲望(注1)というのは無限に続くものであるから、幸福感まではなかなか到達しないのではないかというのだ。なるほどそういえるかもしれない。人間が進歩する動物であるならばなおさらのことだ(注2)。
でも、私は幸福は存在すると思っている。趣味に例をとっても、ある人は野球することをあげ、他の人達は読書や映画、音楽とそれぞれに主張する。登山や魚釣りという人もいるだろう。このように趣味は人によってさまざまだが、同様に幸福についても人によっては考え方がまちまちだ(注3)と思う。
「幸福とはどのようなもの?」と聞かれたら「裕福(注4)になること」と答える人もいるのだろう。また、「社会的な地位に到達する」のを幸福だと考えているかもしれない。逆にそのような裕福とか社会的地位を否定して、「心の豊かな人」になることが幸福だと思っている人もいると思う。思考や感情、さらには生活模式さえ異なる人間のことだ。幸福についての考え方に、差があってもいいのではないか。ただ同じく裕福を主張しても、多くの人の幸福を願って慈善事業に協力する人もいれば、一方には「がめつい奴」(注5)の看板を背負って生きてるような人もいる。他人になんといわれようと、その人はそれで結構幸福なのだ。人間は自分のために生きるのだから、他人に迷惑さえかけなければこれでいいのである。
しかし、私はスタートの段階ではそれでもいいが、いつまでもそのままの考えから進歩しないのでは困ると思う。私自身としては、別な生き方をとる。
幸福というものについて、これだといい切れる考えはまだ私も持っていないが、私は「会社の仕事も楽しく、家庭での生活も楽しい、つまり一日二十四時間を楽しく過ごすこと」が幸福だと思っている。言葉はすこぶる(注6)平凡だが、この内容は非凡だと自負している(注7)。それと、自分の幸福な状態が「他人の目にも楽しく、心も楽しませる」ものでありたいとも私は思う。 (本田宗一郎『得手に帆あげて』による)
(注1)欲望:欲しいと強く望む気持ち (注2)なおさらのことだ:ここでは、ますますそうだといえる
(注3)まちまちだ:それぞれ違っている (注4)裕福:金持ち
(注5)「がめつい奴」の看板を背負って生きてるような人:けちで欲張りな人
(注6)すこぶる:非常に (注7)自負する:自分自身に自信や誇りを持つ
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