回転ずしの心理学
すしを載せた皿が、客席沿いに設置された台の上を通って次々に流れていく。回転ずしの店で、目の前を通り過ぎるおいしそうなすしを見ていると、どれも食べたくなる。つい食べ過ぎてしまうという人も(50)。回転ずしで1回に食べる量の平均は一人約10皿だという。すし1つのご飯の量が約20グラムで、普通、回転ずしでは1皿にすしが2つ載っているから、約400グラムもご飯を食べていることになる。茶わん1杯分のご飯の量が約150グラムだとすると、(51)。回転ずしでたくさん食べてしまうのはなぜなのか。
こんな(52)。すしが好きな人たちにすしを食べてもらう。まずは、すしの皿を台に載せて流さず、1皿ずつ注文してすしを食べる。別の日に今度は、流れているすしの皿を取ってすしを食べる。(53)、流れているときに食べた量は、そうでないときの約1.5倍になったという。
心理学の専門家によると、これは「目の前に流れてくる」ことの効果らしい。すしが目の前に流れてくると、意識しなくても目に入り、あれもこれも食べたいと思ってしまう。また、人間は、目の前で動いている食べ物を見ると目で追って手に入れようとする性質を持っており、それも思わず皿を取ってしまう原因の一つだということだ。
回転ずしでたくさん食べてしまうのには、納得の理由があったのだ。回転ずしの店に行ったとき、食べ過ぎてしまうのは(54)。
今の子供たちは、先生に問題を出され、先生から答えを教えてもらうことに慣れてしまい、答えばかりか疑問さえも見つけることをしなくなってしまったのではないか。知っていることが重要だと勘違いし、問題と答えを覚え、知識を得たことで満足してしまっている。それでは疑問を解く過程で味わう楽しみや、何日もかかって答えにたどり着いた時の喜びを味わうことができない。なんだか、かわいそうな気がする。
(小菅正夫「文藝春秋」2006年11月臨時増刊号による)
以下は、上司が部下の中島さんに工場見学の受け入れ準備について指示したものである。
〈工場見学受け入れ準備〉
見学日時:12月18日(金)10時~12時
見学者:池内日本語学校(20名)
●12月10日(木)までに見学当日使用の会議室Aの予約
●12月11日(金)池内日本語学校(関口先生)との事前打ち合わせ
時間:11時~12時
場所:会議室B(予約不要)
確認すること:
. 見学者の日本語レベル
. 会社案内パンフレットの言葉(日本語か英語か)
●12月17日(木)までに会社案内パンフレットの準備(20部)
●12月18日(金)9時までに会議室Aの準備
(テーブル、いす、会社案内パンフレット)
動物は、ふつう常温のものを食べています。ところが、ヒトは冷めた料理はおいしくないというように、常温の料理を好みません。むしろ、熱くした料理や、冷たくした料理を好みます。ヒトは、辛い味、強烈な(注)におい、熱い、冷たいなど、あらゆる手段を使って、食欲を刺激する工夫をしてきたのです。こうした言い方は、ヒトと動物のちがいを強調したものですが、べつの言い方をすれば、これが人の食文化をつくってきたのです。
(栗原堅三『うま味って何だろう』による)
(注)強烈な:つよい
以下は、ある企業の経営者の考えである。
会社を大きくしていくためには、私自身、やはり自分ができないことがたくさんあるのは分かっていますから、いろいろとスタッフに要求していかなければ達成できないんです。自分じゃ到底できないことも、「できるはずです」と要求していかないと、私の能力が組織の能力の天井(注1)になってしまいます。ですから、私がすべてのマネージャーに伝えているのは、「自分のことを棚に上げて(注2)、スタッフに要求すべきことは要求してください」ということです。
(日本放送協会、日本放送出版協会(NHK出版)編「NHK仕事学のすすめ2010年10-11月号」んによる)
(注1)能力の天井:能力の限界 (注2)自分のことを棚に上げて:ここでは、自分ができるかどうかに関係なく
人を不愉快な気持ちにさせないように、反論もせず、自分の不快な気持ちも伝えないで黙っていると、相手はあなたを理解するチャンスを失い、互いに自分らしくつきあうことができなくなるでしょう。
もちろん、相手も自分の気持ちや考えを表現してよいので、そこで葛藤(注)が起こることもあります。
ただ、葛藤や違いが明らかになることを避けて、親、上司、先生に意見を言わなかったり、支援を頼めなかったりすると、その場は何事もなく進むかもしれませんが、誤解のうえに人間関係が作られていくことになります。
(平木典子「アサーション入門―自分も相手も大切にする自己表現法による)
(注)葛藤:ここでは、対立
人間というのは、自分でわかっていることに関しては手早くポイントだけを取り出して相手に教えて、たくさんの説明をつい省略してしまいがちだ。そのせいで、教わる側が理解しにくくなってしまうこともある。人に教える時には、自分が理解した時点まで戻って丁寧に相手に伝えないと、うまく理解してもらえないのではないか。
また、そのプロセスの中で、教わる側が積極的に質問することがとても重要だと思う。質問をすれば、何を理解していないのか、何を誤解しているのかが、教える側にとってもよくわかるからだ。それに、同じことでも繰り返し説明されることによって、理解が深まるケース(注1)も多い。
個人的には、一回だけの説明で理解してもらえるケースというのは、実はとても少ないのではないかと思っている。
また、すべてを教えるのではなく大部分を伝え、最後の部分は自分で考えて理解させるようにするのが、①理想的な教え方ではないかと考えている。
一方的に入ってきた知識は、一方的に出て行きやすい。しかし、自分で体得(注2)したものは出て行きにくい。
小学生に大学の講義を聞かせてもチンプンかんプンな(注3)ように、相手のレベルに合わせて、相手が必要としていることを教えなければ意味がない。それは、非常に微妙な調整を必要とする、②ある種の職人技だ。そんなところが、教える側の大きなやり甲斐ではないかと考えている。
(羽生善治「大局観―自分と闘って負けない心」による)
(注1)ケース:場合 (注2)体得する:身に付ける (注3)チンプンかんプンな:全てわからない
近年、おもちゃメーカーが大人向けのおもちゃに力を入れ、売り上げを伸ばしている。少子化に伴い、マーケットを大人にまで広げる必要性が出てきたという事情もあるが、この売り上げの伸び方はそれだけでは説明できない。その裏には、大人に「おもちゃを買いたい」と思わせたおもちゃメーカーの戦略がある。
子供の時に欲しいおもちゃをすべて買ってもらえたという人はいないだろう。買ってもらいたかったのにという思いを忘れられず、今でもおもちゃに思いを寄せる大人は意外と多い。おもちゃメーカーはそこに注目した。しかし、大人が子供向けのおもちゃを買うことには抵抗感があると同時に、物足りなさも感じる。大人向けのおもちゃには、大人が買いたくなる工夫が必要だ。例えば、鉄道模型には特殊な素材を使用し、完成後にインテリアとして飾ることができる。組み立て式のミニギターは組み立て後に本格的な演奏も楽しめるし、色使いが落ち着いたカードのゲームは気持ちをリラックスさせる。このように、大人向けのおもちゃには単におもちゃとして遊ぶだけではない他の魅力がある。
また、大人向けのおもちゃは高いものが多い。高くしたほうが価値があると考えられて人気が出ることさえある。一般的にメーカーは商品価格をあまり高く設定できないものだが、大人向けのおもちゃならできる。おもちゃメーカーにとっては魅力的なマーケットである。
今の若い人は、ある程度完備した科学社会に生まれている。携帯電話もカーナビ(注1)も当たり前になった社会である。発展の過程を見ていない彼らは、どういった原理でそれらが機能しているのかを知らない。知らなくても、その恩恵を受けることができる。充電さえしていれば、誰とでもいつでも連絡がつくと信じている。電波がどんなもので、どのような設備によって成り立っているのかを知らない人が多い。十数メートルしか離れていない場所なのに、携帯電話が通じなくなることがあるなんて、考えてもいないだろう。
こういった「科学離れ」については、昔から問題意識はあった。だから、子供たち向けに科学を教育するシステムをいろいろな形で模索(注2)してきた。けれども、僕が感じることが一つある。そういう教育をしているのは、科学が好きな人たちだ。だから、口を揃えてこう言う、「科学の楽しさを子供たちに知ってもらいたい」と。この言葉を聞くたびに、「楽しさ」を押し付けている姿勢を感じずにはいられない。
読書の楽しみを知ってもらいたい。スポーツの楽しさを感じてもらいたい。ほかの分野でも、こういった姿勢は根強い。しかし、科学の場合は、そんな悠長な(注3)問題ではない、と思うのだ。読書やスポーツが嫌いな人は、それをしなくても良いだろう。楽しみは、ほかにいくらでもある。しかし、科学を避けることは、この現代に生きていくうえではほとんど無理なのである。(中略)もはや(注4)、好きとか嫌いで片付け(注5)られるものではない、ということだ。
(森博嗣「科学的とはどういう意味か」による)
(注1)カーナビ:自分の車の位置を知らせながら道案内する装置 (注2)模索する:探し求める
(注3)悠長な:のんびりした (注4)もはや:今ではもう (注5)片付ける:済ます
A
仕事で成果を出すにはノートの活用がお勧めです。ノートにはスケジュール管理や収集した情報の記録だけでなく、日々の仕事に関する気づきや考えをいつでもどこでも書くことが可能だからです。毎日仕事で忙しいときちんと記録することが面倒になりがちですが、メモのように書くことなら気楽にできます。また、ノートに書いておけば、自分の考えを後から見直すこともできます。
では、どのように書いたらいいのでしょうか。テーマ別に分類したり、整理して書こうとすると負担となり続けられないので、日付の順で構いません。仕事に関することは何でも一冊のノートに書き込んでいくのがいいでしょう。
B
ノートとは新しい情報を記録するためのものだ。必死にノートに書いて覚えたという学生時代の記憶からか、そんな思い込みがあるかもしれない。
しかしノートの利用法はそれだけではない。ノートをうまく利用すれば、自身の考えを改めて検討することができる。仕事では、新しいアイデアを提示したり、困難な課題を解決したりする能力が求められる。そのような力を養うために、ノートには情報を記録するだけでなく、自身の気づきや考えを書いて整理するという方法が有効だ。情報のメモを考えはノートを別にするのがよいだろう。そうすることで集めた情報の中におぼれず、どう考えるかを自身に問いかける姿勢が身についていく。
小説家になりたい人には「好きな作家のものを全部読む」という読書法を勧める。好きな、というのは、自分に合っている気がして読みやすく、しかも楽しいというものだ。
いろんな作家をちょっとずつ読む、というのでは、あまり身につくものがない。ベストセラー(注1)になっている話題作をせっせと追いかける、というのは①もっとよくない。
ベストセラーになる小説は、とりあえず何かいいところがあって売れているのだから、読めば参考になるのではないかと言うかもしれないが、それを読んで参考にしている人がたくさんいる、ということなのだ。みんなが狙っている方向で、自分もやってみるというのでは、目立つこともないわけである。
(中略)
ひとりの作家(あなたにとって、不思議に肌合いがよく(注2)て楽しめる小説を書く人)の全小説を読んでみるのは、知らず知らずのうちに、その作家の「小説作法」を感じ取ることである。この人は小説を、このように構成するのだ、そこが心地いい(注3)のだ、とわかることである。この人は人間心理を、このように描写する(注4)、この人の社会観はこうである、なんてこともわかる。
②それがわかれば、似たようなものを書くところまであと一歩、なのである。特別にマネして書こうと思っていなかったとしても、書くものは自然と、その作家の作風(注5)と似たものになり、初心者が書いたにしては完成度が高いものになるだろう。
こう反論する人がいるかもしれない。小説を書いて世に発表したいという願望は、自分というものを世間に知らしめたい(注6)ということであって、つまり自己表現欲から出てくるものだ。それなのに、他人の作品をマネているのでは、自分の表現にはならないのではないか。
自己表現欲ことは、確かにその通りである。しかし、慌てないで順に段取りを踏んでいこうではないか。いきなり自分らしさを出したいと考えるのではなく、まずは世間が振り向いてくれるレベルのものが書けるよう、上達する必要があるのだ。
私の書くものには価値があるのだから、世間は注目しなければならない、と思い込んでしまう人が案外いるのだが、それではなかなか読んでもらえない。
だから、まずはうまく書けるようにならなければいけない。
そのための訓練として、ある作家を熟読(注7)しているというのは、大変に有効なのである。
(清水義範「小説家になる方法」による)
(注1)ベストセラー:ここでは、最も売れている本 (注2)肌合いがよい:ここでは、自分の感覚に合う
(注3)心地いい:快い (注4)描写する:表現する
(注5)作風:作品に表れた特徴 (注6)知らしめたい:知らせたい
(注7)熟読する:意味を考えて、よく読む
男の学生と女の学生がサッカーの練習をする場所について相談しています。
ボランティアの説明会で、ボランティア団体の職員が話しています。